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染色体地図の種類
ある生物の遺伝や育種の研究をする場合、遺伝子の情報を載せた地図があれば、都合が良いでしょう。特定の遺伝子が、どの染色体のどの辺りに位置しているかという地図は、非常に有効だと言えます。染色体地図は、あらゆる生命現象の遺伝学的な研究に欠くことのできない基本的情報です。すべての遺伝学的な研究は、この地図づくりから始まると言えるでしょう。
染色体地図とは、遺伝子のゲノム内(染色体別)での分布状態と,個々の染色体上での配列順序を記した地図のことを言います。その作り方の違いから、大きく 2 つに分けることができます。
1つは遺伝 (学的) 地図です。連鎖地図 (リンケージマップ) とも呼ばれています。連鎖地図は、組換え価によって染色体上の遺伝子、あるいは DNA マーカーの配列順序と遺伝子間の距離を推定したものです。組換え価は、染色体構造やほかの要因によって違う場合があるので、必ずしも遺伝子間の距離を正確に反映しているとは限りません。ただし、遺伝子の配列順序についての情報は正しい。
もう 1 つは物理地図です。遺伝子またはDNAマーカーを、染色体上の特定の領域に位置づけしたもので、染色体 (DNA) 上の 2 点間の物理的距離を染色体 (DNA) の長さで表します。すなわち、遺伝地図が遺伝子間の距離を相対距離で表しているのに対して、物理地図はその距離を、染色体またはDNAの絶対的距離で表しているのです。染色体レベルの物理地図は、染色体地図または細胞遺伝学的地図と呼ばれます。DNAレベルの物理地図には、
などがあります。遺伝子を直接染色体上に位置づける方法としては、
- 部分欠失染色体系統を利用し、特定遺伝子の形質発現を染色体欠失部分と対応づけて解析する方法
- 遺伝子をスライドグラス上の染色体標本に直接分子交雑させ、その部分を観察する方法
があります。
in situ ハイプリダイゼーション法によるマッピング
遺伝子やDNAマーカーの染色体上での位置を直接知る方法として、in situ ハイプリダイゼーション法があります。この方法は、細胞遺伝学的手法と分子レベルの技術を組み合わせたものです。
in situ ハイブリダイゼーションの技術は、1969年に J. ゴール と M. パデュー、および H. ジョンらのグループによって開発されました。
この方法では、まず、スライドガラス上に広げられた染色体標本に、適当な方法で標識した遺伝子、あるいはDNAの断片 (プロープ) を加え、染色体 DNA の相補部位と、プロープ DNA との分子雑種を形成させます。プロープ DNA は標識されているので、染色体上に生した分子雑種は、顕微鏡下で観察することができます。このようにして、目的の DNA 配列を容易に染色体上に直接マッピングできるようになりました。蛍光色素を用いて検出する方法を蛍光 in situ ハイブリダイゼーション (FISH) 法といいいます。
植物遺伝子のマッピングとしては、これまでに「18 S - 5.8 S - 26 S リポソーム RNA 遺伝子」、「5 S リポソーム RNA 遺伝子」、「種子貯蔵タンパク質遺伝子」などの多重遺伝子 (ゲノム中に複数のコピーが存在する遺伝子) において成功しています。なお、「S」は沈降係数を示し、分子の大きさを表します。また、数多くの反復配列DNAの、染色体上での位置づけがなされていて、染色体バンドと並ぶランドマーカーとして、マッピングにおいて重要な役割を果たしています。
(画像出典: 福井・向井・佐藤『植物の遺伝と育種 第2版』(朝倉書店、2013))
FISH法では、複数のDNAプロープを異なる蛍光色素で標識し、同時に分子雑種形成を行い、それぞれのシグナルを、異なる蛍光色で同一染色体上に検出することができます。この方法を多色FISH (McFlSH) 法といって、複数プローブについて一度に異なる色でその位置を確認できるので、同一染色体上のDNAマーカーの配列順序決定に有効です。
イネをはじめ多くの作物において,有用形質にかかわる遺伝子の FISH 法によるマッピングが行われています。標的遺伝子のサイズが小さくても、その遺伝子を含むスファジやバクテリア人工染色体 (BAC) のクローンをプローブとして用いることによって、より大きなシグナルが得られ、確実に染色体上にマップできるようになりました。