バーバラ・マクリントックは, 1902 年にアメリカのコネティカット州に生まれました. 1920 年代, 当時女性 の大学進学が大変珍しかった時代にコーネル大学農学部へ進学. 植物学科に籍を置いた大学院時代にトウモロコシの細胞遺伝子学を手伝って以来, トウモロコシを通じて遺伝学上のさまざまな業績をあげました.
トウモロコシを通じての細胞遺伝学への貢献
前述の通り大学院時代, トウモロコシの細胞遺伝学を手伝っていたマクリントックは, トウモロコシの個々の染色体を識別できる方法を発見しました. さらに工夫を重ね, 分裂と複製の全過程を通じて個々のトウモロコシ染色体を観察できるようにしました. このことによってどんな生物においても不可能であった詳細な細胞遺伝学的な分析を実現しました. 博士号取得以降, 1929 年から 2 年間で, トウモロコシ染色体の形態学的解析と細胞遺伝学的解析をまとめた 9 本の論文を発表しました. 特に「遺伝的組み換えが相同染色体間の部分的な交換によって起こる」ことを実証した研究成果は注目されました.
環状染色体の発見
1931 年以降, マクリントックはポスドクとして大学を転々とするようになりました. この時代に, 斑入りの トウモロコシの存在に気付いたことをきっかけに, 環状染色体を発見しました. トウモロコシ染色体の顕微鏡による観察から, 染色体が切り出されること, しばらくは環状染色体として存在すること, それがやがて染色体部位にもとの方向 ( 順位 ), あるいは逆の方向 ( 逆位 ) に挿入されることを発見したのです.
核小体形成体の発見
1931 年 〜 32 年にかけて, トウモロコシの第 6 染色体の端に存在する小体が, 染色体が核小体に付着す る場所に隣接して存在することにマクリントックは気付きました. 翌 33 年, この小体は, 各小体が消失する時期に染色体内のなんらかの物質を取り込み, なんらかの仕組みによって核小体を構成することを見つけ,「核小体形成体」と名付けました. 核小体形成体は, 現在は核小体形成部とよばれる染色体領域で, リボソーム遺伝子が多数反復して存在することが明らかになっています.
転移する遺伝子の発見
1944 年マクリントックは, のちにノーベル賞受賞の対象になる転移遺伝子因子の発見へつながる, 遺伝的に不安的なトウモロコシ変異株の研究を始めました. 「遺伝子は動き回る」というアイデアに基づき, その変異の仕組みを解明する意図口になる仮説,「Ac-Ds 系」 ( Ac は活性化因子, Ds は解離因子を意味する ) を提唱したのです. Ds は Ac がゲノムへ入るまでは転移できないが, Ac が入ると切り出されて転移する. トウモロコシの実 を紫色にする優性の遺伝子の中に Ds が進入すると, その遺伝子は活性のある蛋白質を産生できないため実は白くなる. ただし遺伝交叉によって Ds が除かれた細胞では紫色が復活するため, 実全体としては 紫斑入りとして観察される. この仮説の証明は 6 年が費やされ, 成果が発表できたのは 1950 年になってからたでした.
しかし, 遺伝子の「転移」という概念は当時の生物学者にとってあまりに異質で, 受け入れられませんでした. 遺伝子が転移する, という考えが一般的になったのは, マクリントックの発表から 20 年以上経ってから. 分子生物学の発展した時期に, 大腸菌において跳躍遺伝子, トランスポゾン, 挿入因子など, 遺伝子が動き回る現象が次々と見つかってからです.
参考文献
- Jacquelyn G. Black ( 著 ), 林・岩本・神谷 他 ( 訳 )『ブラック 微生物学 第 2 版』( 丸善株式会社, 2007 )
- 野島博「ひらめきの瞬間(とき)(19)マクリントックと染色体 遺 伝子は動く」『化学 60(7)』, 10-13, 2005-07 化学同人
- 柳沢桂子「McClintock博士--その人と業績」『蛋白質核酸酵素 29(1)』, p62-65, 1984-01 共立出版
以上の記事は, 大学でバーバラ・マクリントックについて調べる機会があったので, それを元に執筆しました.